
小学校の校庭南の小道を東へまわり、坂道を北に折れてさらに登る。
水神天宮を祀った一帯が城山で、その昔の室賀氏の城跡である。
島に漂着された義良親王はこの城を御座所とされた。

小学校の校庭南の小道を東へまわり、坂道を北に折れてさらに登る。
水神天宮を祀った一帯が城山で、その昔の室賀氏の城跡である。
島に漂着された義良親王はこの城を御座所とされた。

天文年間(戦国時代)の建立。南知多三十三観音奥院。

海水浴場の北端から海岸線にそって東北へぐるっと一周。義良親王はここに上陸された。

義良親王が島に滞留していた間、漁師たちは出船入船のつど、ここにひざまづき親王を拝したという。
現在は埋め立て地になっていて残念。

離れ島だったが埋め立てられて歩いて公園へ行ける。
行き交う船からも展望がきき、春には桜が満開に。会津八一の句碑もあり、島の新名所として訪れる人も増えている。