篠島観光ガイド
篠島漁港
最高にうまい海の幸はここに水揚げされて食膳へ。
天然の漁港で昔から繁栄していたと伝えられている。
六地蔵
加藤清正が名古屋城を築城の際、岩を切り出したそのお礼にと灯籠が贈られたとも。
その六角形の竿部に六地蔵が彫られてあり、これが見所。
魚市場
活気あふれる市場の風景はさすがのもの。漁協のビルや倉庫も建ち並んで、漁業の盛んな様子がひと目でよくわかる。
篠島釣り天国
篠島漁協直営の海上管理釣堀。詳しくは
こちら
。
造船所
篠島には島独特の漁船がある。この篠島型の船が大漁をもたらす。
この地では寺浜(てらば)、照浜(てらば)とも呼ばれている。
蛭子ヶ鼻(えびすがはな)
島の北西部の海岸。美しい木島を望み、ここに立つと遠くの島に来た感じで、しばしロマンチックムード。クロダイ、カレイなどの釣り場としても人気のスポット。
医徳院・保育園
建暦年間(鎌倉時代初期)、南知多町大井の医王寺の一坊を移した寺。
本堂前には一対のこま犬があり、これは犬嫌いの八王子社から移されたもの。
ここは新四国39番目の札所。
帝井(みかどい)
南朝の後醍醐天皇の皇子、義良(のりなが)親王が島に漂着された。
その際、親王の飲料水を探し求め、ここに発見。
さっそく井戸を掘り城山にいる親王にさしあげた。ここがその井戸。
後村上天皇(義良親王)が祀ってある。
西方寺
京都の智恩院直末の寺。
永正年間(室町時代中期)、時の天皇の命により、伊勢神宮の用材を使って建てたとのこと。新四国番外礼所。
正法禅寺
応安年間(南北朝時代)の創建と伝えられている。
この寺の梵鐘(ぼんしょう)は「龍門の梵鐘」として、見る価値大いにあり。
新四国38番目の札所。
堂山
民家を通り抜け、中央道を南へ入るとすぐ左手が堂山となる。
一体は小高く、”島の命の水”をまかなう愛知用水の貯水タンクがある。
藤塚
堂山の丘にあり、山伏の塚とも藤原氏の塚ともいわれ、山岳信仰につながる富士信仰のなごりともみられている。
篠島小学校・篠島中学校(旧内海高校篠島校舎)
前浜から坂を登りきって左に折れると海が見え、すぐ右下に学校。
中学校と高校が同居していた。(平成18年4月より小学校と中学校が隣り合わせの校舎で学んでいます)
正門に立つと点在する島々が一望できる最高の環境。
棚橋浦
中学校正門から下り、右に折れて海岸へ。
砂浜や岩場があり、水遊びや海の小動物たちの観察にもぴったりの場所。
南風ヶ崎(まぜがさき)・清正の枕石
太平洋から南風にのって寄せる波はここでどっと砕け散る。
加藤清正はここから名古屋城築城のための石を切り出し、一つ大きな石に枕をかったまま運び残した。この石を清正の枕石という。
正月社・御塩殿社・山ノ神神社
棚橋浦から歌碑公園(万葉の丘)へ向かう間、正月社・御塩殿社があり、公園から先右手に山ノ神神社が。
3つの神社は海を望んでいて、豊漁が海上安全を願って建てられたのだろうか。
万葉の句碑
見夜火堂
万葉の丘・万葉歌碑・舜子句碑
風光明媚とは、まさにこの丘のためにある言葉。ここに立つと篠島全体が「東海の松島」を彷彿させる絵はがきのように望める。「万葉集」の歌碑が建てられ、また江戸時代の見夜火堂が復元されている。
瞬子句碑も見逃せないし、時間をかけてくつろぎたい。
鯨浜(くじはま)・鯨浜遺跡
静かで砂浜が美しく広がる浜。この浜の中央付近から弥生時代の遺跡が出土した。
縄文時代のものもあるそうだが発見されてはいない。
その昔、捕鯨の行なわれていた時代にはこの浜へ陸揚げされていたことから「鯨浜」の名前がついたという。
島弘法
島の南端を通り東へ抜ける間、そこここに慈悲あふれる表情の弘法さまが鎮座している。
島四国88カ所として新四国88カ所のなぞらえたもので、弘法さまを数えながら歩くのも楽しい。
牛取公園展望台
ここは島の最南端。リアス式の海岸の展望台に立つと遠くに鳥羽湾口や神島・伊良湖・立馬崎まで望めて、すぐ目の前には野鳥が。
水弘法
海が見えかくれする山道を歩いて島の東側へ出た海岸の岩場に、島弘法の中の一つの水弘法が祀ってある。
赤岩
水弘法から北を望むと、赤みがかった岩が飛び石のように並んでいる。
これが赤岩で、その手前が赤岩の浜。
水垂浦(みずだれうら)
ここまで来ると町並みが近い。赤岩の浜と同じようにこぢんまりとした砂浜。
女婦(めふ)
ここまで歩くと旅館街、海水浴場が見えてホッとする所。
弁財天社
七福神の一人、弁財天が祀ってある。
篠島海水浴場
島の人たちは前浜(ないば)とも呼ぶ。昔は神風ヶ浜とも呼ばれた。
県下随一の公害のない海水浴場で、美しい砂浜は800mあまりも続く。
八王子社
ここの神さまは大の犬ぎらい。鎌倉時代中期、伊勢の箕曲大社より勧請されたとの説、それ以前より海神が祀られれていたという説もある。
神明神社
古代、倭姫命(やまとひめのみこと)が天照大神を伊勢に祀り、付近をご巡視されたとき、篠島の風光明媚なこと、人情があついことなどから御神界と定め荒御魂を祀ったという。
八王子社も同様に、社殿の改築は伊勢神宮の用材で行われる。
六兵衛観音
神明神社と道を一つへだっている。島一番に信仰心の強い六兵衛が、安兵衛にゆずり受けお堂を建てたそうな。毎月17日がお命日で、お年寄りの社交場にもなっているそうな。
神戸貝塚(ごうどかいづか)
昔はこの付近一帯が篠島の中心だったのか。貝塚があった所で、今はガケになっている。
妙見斉跡・石のかると(古墳)
古城山妙見斉という曹洞宗の寺が建っていた所で、現在は小学校の体育館がある。
ここの和尚等膳は徳川家康を駿河より救って当寺にかくまい岡崎へ無事送ったという。
城山・水神天宮・聖跡碑
小学校の校庭南の小道を東へまわり、坂道を北に折れてさらに登る。
水神天宮を祀った一帯が城山で、その昔の室賀氏の城跡である。
島に漂着された義良親王はこの城を御座所とされた。
松寿寺
天文年間(戦国時代)の建立。本堂の屋根は銅板葺きだが、昭和57年に改造されたもの。
南知多三十三観音奥院。
東山周歩道・次郎ヶ浜跡
海水浴場の北端から海岸線にそって東北へぐるっと一周。
昔、半島が貞観の大地震によって陥没し、次郎忌寸の陣営跡が浜になり、今は周歩道になっている。義良親王はここに上陸された。
皇子ヶ膝(おうじがひざ)
義良親王が島に滞留していた間、漁師たちは出船入船のつど、ここにひざまづき親王を拝したという。現在は埋め立て地になっていて残念。
北山公園(小磯島)
離れ島だったが埋め立てられて歩いて公園へ行ける。行き交う船からも展望がきき、春には桜が満開に。三頭花の句碑もあり、島の新名所として訪れる人も増えている。
中手島・伊勢神宮御贄干鯛調製所
日別朝夕大御饌祭(ひごとあさゆうおおみけさい)は、外宮の御鎮座以来千五百年間、毎日朝夕の二度、天照大御神をはじめ別宮の神々にお食事を奉る。
その時の干鯛は篠島で古式にもとづいて調製され、年三回神宮へ奉納している。
この中手島は伊勢神宮の管理地となっている。
観光船・フェリー発着所
篠島の旅はここに始まり、旅の思い出はここに始まる。島への渡船が営業を目的にスタートしたのは明治26年(1893年)のこと。
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